大掃除について語るときにボクが語ること
「お〜でか〜けですか〜 レーレレーのレー」でおなじみ
"レレレのおじさん"は
掃除だけで悟りを開いたとされるブッダのお弟子さんがモデルだそうです。
ちなみに"バカボン"はパーリ語のお経でもでてきますがブッダの敬称でもあり
「天才バカボン」の「ハンタイのサンセイなのだ」というセリフは
実に「空(くう)」の概念にもつながり、これについて話し始めると30時間くらいは…。
「オマエ、アタオカなこと喋るのはいいから、手を動かせ。掃除しろ。ハゲチャビンが」
そんなネ申からのお声が降り注いできそうですね…。
失礼いたしました…。
さて、みなさま、年末の大掃除は進んでいるでしょうか。
掃除をしなきゃいけないのに、
こんなくだらないブログに思わず掃除の手を止めてしまっているとしたら、
今すぐこのページを閉じて、ゴミ箱に捨ててしまってください。
スマホではなく、このページへのリンクを、です。
もしくは、その作者に「オマエのせいで、うちのダンナが掃除しない」
と苦情を伝えに行きましょう。
龍光ポストって検索すると、何でも伝えられるフォームがありますし
必ず返事があるそうなので、思う存分クレームを伝えられます。
それで一件落着です。
たぶん。
えーと、終わりませんね。手を動かすんでした。掃除ですもんね。
ダラダラとくだらない話しばかりで、キリがありませんね…。
そう!
そうなのですよ。
キリがないのですよ。
掃除ってものは。
だからこそ、レレレのおじさんのモデルのように
「掃除(だけ)で悟りを得る」ようなことも起きうるのではと。
って言いながら、自分悟ったことないので、テキトウですが。
さて、いったい、ボクは何について語りたいのでしょうか。
そうでした、大掃除についてでした。
僕は普段から、何か苦しさや不安で苦しいときこそ
早起き、散歩、挨拶、掃除、の4つをオススメさせて頂いております。
※詳しくは下記のブログをご笑覧いただければ🙏
龍光ブログ:苦しみから離れるために、誰でもできる日々のオススメ by 龍光 - 日常で役立つやさしいブッダの教え
というか、ほとんどのご相談には、この4つのどれかを絡めてお戻ししているような気がします。
さて、その4つのなかでも
特に掃除は4つめということで、
そこそこハードルが高いものとしてあげさせて頂いております。
部屋の中の片付けも「掃除」ですが、ここでは屋外でのゴミ拾いも「掃除」として考えております。
なかなか、勇気も必要なのですが、これはやってみると、実に心もスッキリして
内なるエネルギーが沸き起こってくる、とてもよい効果があると感じています。
そして、実はそんなすごい効果がある「掃除」のラスボス的な存在が
「大掃除」でしょうか。
これは、本当に「やっつけてもキリがない」。
いったい、どこまでやれば倒せるのだろうか。
次々にやっつけられそうな場所を倒していっても、
見回していくと、どんどん新たな「攻略ポイント」が見つかってくる。
頑張って一通りやりきったと思って気を抜くと、
ふと「なんでこんな場所が残ってたのだ」という大きな未攻略ポイントが見つかるときなど
小さな挫折が襲いかかってくる。
そこで、"ゆうしゃのつるぎ"(という名のホウキ)をそっと置いて立ち去ることもできるでしょう。
「もうボクつかれたよ、パトラッシュ…」と安らかな"涅槃"(という名の昼寝)に入ることもできるかもしれません。
でも、そこで、歯を食いしばって、"つるぎ"を手に
また勇敢に立ち向かっていくこともできる…。
すでに身につけた"ぼうぐ"もボロボロに汚れながらも…。
また、顔をあげて、立ち上がる…。
そうして、あらたに見つけた新たな攻略ポイントにとりかかり、なんとかやっつけて、
その(キレイになった)姿を見て喜びを感じつつ、
でも振り返るとまた、
「ヤツめ…。まだ、くたばってなかったのか!」というポイントを見つけ愕然とし…。
このように、
やっつけてもやっつけても、また次から次に困難が生まれてきて
打ちのめされボロボロに泣いて過ごすこともあれば、
ときに挫けそうになりながらも、また立ち上がり、
生きている間で出てくる「ボス」のようなイベントである
試験や就職活動や、
もしくは日常で起こるささいな「たたかい」のような、仕事や掃除などの家事…。
それらは、あんまり頑張らずに、中途半端に済ましつつやりすごすこともできるし、
そのほうが楽かもしれない。
そいういったチャレンジに立ち向かうほど、肉体的にも精神的にも疲れは生まれるし、
ときにやってみても、あんまり効果が感じにくいこともある。
挫折もある。悔しさも生まれる。
でも、ときに、とても充実感をもたらし、心をスッキリさせてくれる。
そんなチャレンジと挫折と喜びの繰り返しは、生きていればキリなくできる。
「自ら起こさなければ、起きない」ことでしょうか。
人生は
「すでに(いつのまにか)起きている」ので、自ら起こすことは必要ない。
なんなら、求めて無くてもチャレンジを受けて立たねばいけないことも起きる。
生きているだけで精一杯なら、
わざわざ、「自ら起こさなければ起きない」掃除を起こさなくてもいいのでは。
もしくは、お金で解決(業者さんに頼むとか)ができるなら、楽ちんでは。
たしかにそうかも知れません。
でも、生きているだけで、何か苦難に立ち向かう機会が避けられないからこそ
その「ボスとのたたかい」に備えて、「経験値あげ」の日常が大切なのではないでしょうか。
レベルが低いままでボス戦に臨んでは、木っ端微塵にやっつけられてしまうかもしれません。
それでは、なかなか立ち上がれない。
だからこそ、日常の小さき「経験値上げ」の一つとして
掃除は意味があるのだなぁと感じております。
お金というマホウが使えるなら、それで解決すれば楽ちんで済む。
でも、何かチャレンジを見つけて取り組むことも、やりたければできる。
それは、散歩や、早起きの習慣や、挨拶や、腕立て伏せや、ラジオ体操や…
そんな何かの「努力が生まれる習慣」でもよいかもしれません。
電車やバスをわざわざ前の駅でおりて歩いたり、エスカレーターに乗らず階段を登るように。
頑張らなくてもいいかもしれない家事や仕事を、自分なりにこだわって取り組んでみたり。
だけど、日常ではなかなかそんな余裕がないかもしれない。
もしくは、眼の前のやらなきゃいけないことで、
そんな機会をもつことすら忘れてしまいがちかもしれない。
だからこそ
「年末の大掃除」は大切な機会なのではと思います。
多くの方は、時間を作りやすいでしょう。
それに、年末という区切りなので、思い起こしやすい。
だから、重い腰も起こしやすい…。
…。
え?
言ってませんよ。ダジャレなんて…。
けっして。
そう、大掃除は、起こさなければ、起きないワケです。
でも、起こしやすいのです。
年の最後の、ラスボスみたいなものなのですから。
それをやっつけてしまうほうが、なんだかスッキリと新年を迎えやすいものなのですから。
ということで、
勘の良い読者のみなさまなら、もうお気づきのことでしょうか。
このブログが、うだうだとおかしな事を書き連ねながら
一体、何を語ろうとしているかということを。
「こんなくだらない文字みてるくらいなら、雑巾もって手を動かしては」
という、ことです。
大変失礼いたしました😅🙏
今日もお付き合いくださり、有り難うございます。