効率を得ることで失うもの

 毎日のように、斧を振り回し薪を割っています。

何のために?

寒さの中で過ごせるよう、薪ストーブで暖を取るためです。

家でエアコンや灯油ストーブで温まるお金をかけぬよう

外で運動する方が身体が暖まり

余計なお金をネ申に負担頂かず済むため、というのもあります😅。


でも、薪で暖を取るのは、とても効率が悪い作業です。

薪を今日割っても、

それを燃やして暖を頂けるのは1年以上先の話です。

木は割ってから1年ほど乾燥させないと

うまく燃えてくれないのです。

乾燥してないと余計な廃棄ガスも出て

ストーブも傷んで、暖まりにくい。

実に1年以上かかる、とっても「効率」が悪い暖の取り方です。


しかも、薪を割って1年ほど時間をかけてようやく暖を取れるようになっても、

それだけで一冬越すには膨大な薪の量が必要です。

もし一冬を、エアコンも灯油ストーブも使わず

薪ストーブだけで暖を取ろうとするならば

家のサイズにもよるでしょうが、

1LDkサイズの家でも、薪は少なくとも2-300kgは必要です。
(たとえば1日20kg × 120日(11-2月) = 240kg)

薪として割るための原木も大量に必要です。

さて、どうやって原木を見つけて、

運ぶ手段を確保して、割ったあとの薪を保管する場所を確保しようか…。


…って、何の話でしたっけ。

あ、薪ストーブの話じゃなくって「効率」の話でした。

本題にまっすぐたどり着かないのは「効率が悪い」ことですね😅。


さて、このブログで考えてみたいのは

効率を得ることで失うことはないのだろうか、ということです。

昨今、コスパ(コストパフォーマンス)、タイパ(タイムパフォーマン)と

「効率」を重視する世の中です。

我々は、どこまで効率があがれば、満足するでしょうか。


薪ストーブは、薪を自分で用意しようとすると

とても時間がかかり、極めて効率が悪いというお話をすでにさせて頂きました。


でも、冷え切ったストーブに薪と焚き木をくべて

しっかりと火が起こるかをドキドキしつつ

はやく暖かくならないかなと小さな火にてをかざして待ちつつ

少しずつパチパチと燃える音とともに広がる炎を眺める

なんともいえぬ楽しさや、

エアコンでは味わえない暖かさ(輻射熱など物理的にも暖かさは違います)があり

その炎で炙った食品の美味しさたるや。

様々な、喜びを得ることもできます。


薪の用意は時間も労力もかかるので、

お金で「効率よく」薪を手にすることもできますが、

一方で、薪を割る運動の心地よさや楽しさもあります。

お金で解決できるのは有り難いですし、楽ちんです。

それは効率的ですが、

原木を見つけて薪割りをする楽しさは味わえないかもしれません。


効率は、便利かもしれませんが、

はたして、それで何か手放しているとも言えるのではないでしょうか。


暖をとる行為だけではなく、食べるという行為も

同じかもしれません。

火を起こして炙った食事は、とても美味しいながらも、手間はかかる。

ただ温めたり焼きたいなら、電子レンジやオーブンが便利でしょう。

なんなら、コンビニにも似た商品はならんでいるかも。

いや、コンビニなんていかなくても

ネットでデリバリーしてもらったほうが効率がいい。

それも、便利で有り難いことでしょう。


でも、自分で食材や調味料を用意して料理する楽しさや

自分で足を運んでお店まで行く楽しさは

効率を手にすることで、チャンスを失うとも言えるかもしれません。


このブログは、効率を求めるのが悪い、という主張をしたいのではありません。

非効率な太古に戻るのがよいと言いたいのでもありません。

僕も、薪割りに斧やチェンソーを、有り難く借りさせて頂いてます。

箱根の山から都内に出るのも、電車を有り難く使わせて頂いております。


ただ、考えてみたいのは

効率が良いほどよい、というのは本当だろうかということです。

それで、忘れてしまった喜びの実感があるかもしれないということです。


大切なのは「ほどよさ」「バランス」なのではないかと思うのです。

効率が良いほうがいい、という考えで進むと、

なんでもロボットやAIやネットに預けた方がよいかもしれない。

なんなら、VRゴーグルを被って、身体に管を刺して

栄養をとるのも排泄するのも自動で行って、

飽きさせない刺激にずっと浸っている方が

効率の良い未来なのかもしれません。

それは、

映画マトリックスや、銀河鉄道999で描かれていたような

「ヒトはエネルギーを生み出すためだけの存在として、機械に利用される」

未来のような。

そんな未来は、嬉しいでしょうか。

人それぞれでしょうが、

僕個人としては、とても寂しく感じてしまいます。


ここたった数百年で起きた産業革命以降の文明の発展と

人口の爆発的増加、そしてテクノロジーの進化による

「便利さ」「効率」の上昇。

歴史を振り返る限り、これは人類史上、極めて「ごく最近だけ」のお話のようです。


一方で、我々の遺伝子は数十万年、もっというと40億年かけて育ってきたもの。

変化は極めて遅いのです。


我々が、これまで気が遠くなるような長い年月で手にしてきた

「最適化された遺伝子」は、

現代の技術発展のスピードには全く持って追いついていないのでしょう。


我々は、その先人が築いてくれた発展に感謝をしつつ

そして、我々も次世代が安全に心地よく過ごせるための技術発展には努力をしつつ

でも、「効率」ばかりを追い求め、

「忙しく」自分の時間も心も亡くしてしまわぬように。

効率的ではないからこそ、楽しさ、心地よさ、おだやかさを手にできる行為も

選んでいくのはどうだろうか。


そう、思うのです。


薪を割って冬に備えるというと、それっぽいですが、

薪だけで冬を過ごすのは大変です。

結局は、時折灯油ストーブやエアコンも使い分けさせて頂いております。

そのお金も、ぜーんぶ、ネ申に甘えさせて頂いてお世話になっておるわけです。

家を飛び出して、誰かの家や、お寺にやっかいになるにしても

結局は、誰かに"暖めて"もらわなければ、生きることができないのが実態です。


自分に暖を取らせてくれて食べさせてくれる

会社や(お寺や)、誰かに出会うことだって、

ネットで検索などで効率を求めて見つけることはできなくもないかもしれませんが、

それだけでは、よい縁には出会えにくいものではないでしょうか。


時間も努力も苦しさも乗り越えた先にしか手にできないことで

信頼できるヒトと巡り会え、互いに支えあえる関係が育つものではないでしょうか。


身体を温めるだけなら、お金があれば、効率を手にできるかもしれませんが、

心を温めたいなら、効率を手放す方が

かえってチャンスは手に入りやすいのかもしれません。


そんなふうに感じております。


あくまで、無職で金も限られており

ネ申にヒモのようにやっかいになり

時間もたっぷりあるがゆえのハゲボウズの戯言です。


いつも長く非効率な内容に

お付き合いくださり有難うございます。


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