内臓とウンチと私 - 龍光ブログ
内臓とウンチと私 - 龍光ブログ
ウンチ💩大好きなのでしょうか。自分。
講演会でも、ウンチについてよく触れます。
「自分はイヌのウンチと大差ありません。
ただ土になるだけの存在です」
など。
不潔!とか不快に感じる方がいたら
誠に申し訳ございません。
それこそ僕にソレを投げつけて頂いても構いません。
まぁ、彼ら💩だって、
僕らが生きているから出てきたワケですし
なんなら、ちょっと前までは
ほぼ僕らの身体の一部だったワケで、
いわば「自分そのもの」とも言えるシロモノなワケでして…。
言い訳じゃあないのですが、
仏教経典でも出てくるのですよね
性欲についての会話で
ブッダがヒトの事を
「ウンチが詰まった皮袋」みたいな表現をするのです。
オマエはそんなモノが欲しいのか。と。
まぁ、仰っているコトは間違ってないですし、
そのように観れば性欲という刹那な欲も流しやすくなくなるよ。
と。
とはいえ
「ウンチの詰まった皮袋」と表現された相手様方としては
大変失礼な物言いにも聞こえてしまいますが😅
そして最近読んで大変おもしろかった本
この本はとっても読みやすく、
大変学びも多く、オススメです。
はらわたが煮えくり返る
胸糞悪い…
など、考えてみると
内蔵と心(感情)は密接。
苦しみや感情といった、扱いにくい心のハナシを
医学的、生物学的な知見から"内臓"を観ることで語られてます。
そして、この本でも、ウンチのハナシが出てきます。
内臓についての本なので、まぁ自然といえば自然なのですが。
面白いのが、どうやら芸大の体育?の授業だかで、
どうやら"自分の💩を掴む"という授業をされる先生がいた(?)らしい。
アートの世界では、
感情を表現することが大切なのだと思いますが
困ったことに自分の感情は掴めない。
そして、その感情を沸き起こす内臓も、直接触れない。
なので、内蔵から生み出されたモノ💩を触る、
というコトなのでしょうか。
発想が、とてつもなくアートです😂。
さらにハナシは変わって、
我がネ申の飼っているイヌについて。
(ネ申=「神」よりもエラい2倍角「ネ申」と呼ばせて頂いております。妻です)
彼はウンチをした直後が一番テンション高く
「オレ、ウンチした!やったよ!」
と自慢するがごとく
たのしそうに走り回る。
それを見る度に
「たしかに、ウンチを絞り出すという行為は
きわめて"快"な行為だよなぁ」
と感じるのです。
ヒトでもどんな生き物でも
"快"に向かいたがり、"不快"から逃げたがる。
これがヒトの「欲」を生み出す元であると
ブッダが言ったとか言わなかったとかはさておき、
これは生き物として当たり前の原理なのだなぁと感じます。
そして、ネ申のお犬様と同様
ホモ・サピエンスである自分も
ウンチをするとスッキリ爽快感があるわけです。
ただし、
ウンチをしてトイレから出て
お犬様と同様にネ申に
「オレ、ウンチした!やったよ!」
とご報告差し上げると
完全なる"スルー"を頂くことになるのです。
お犬様はヨシヨシして頂けるのですが…。
さて、何が言いたいブログなのか
自分でも分からなくなってきたのですが
つまるところ、三木成夫さんの「内臓とこころ」
の本は大変に面白く
苦しい悩みがある方にも一助になるのでは
というコトをお伝えしたかったのです。
そして、ウンチという話題は、
オトナはしちゃいけないコトなのかもしれませんが
苦しみを感じるときほど
バカバカしいおもしろきコトに触れるのは
"不快"から逃れる方法としても有効なのではとも
感じるのです。
そんな、内臓とウンチと自分についてのお話しでした。
最後までお付き合い頂き、
本当に有難うございます🙏。
