「大きな悩みは無いのですが」 - ご質問へのお戻し

      ※このご質問とお戻しの内容は、4月27日に開催させて頂いた

ピアニスト・永田ジョージ、作家・大木亜希子、無職ハゲ小野龍光による
「ご質問コーナー」に頂いたご相談へのお戻しです。

イベント中でお戻しができなかったものに「よろしければブログ上にてお戻しします」とお約束したものとなります。


ご質問----

お名前:カルチョダンゴ~ロさん

タイトル: (なし)

本文:
特に大きな悩みは無いのですが、逆にお三方は今悩んでることはありますか?
悩みがある時のストレス解消方があれば教えて頂けますでしょうか?
よろしくお願いいたします。

お返事----

カルチョダンゴ〜ロさん

こんにちは、龍光です。

先日はイベントにお越しいただき有難うございました。

また、大きな悩みは無いながらも、ご質問を頂き有難うございます。

自分も、幸いにして、今の生活になってから、悩みらしい悩みを感じない

大変有難い状況が続いているのですが、あえてあげるとすると。。。

うーん・・・。

何か悩みって、あるのでしょうかね。。。

いま気になっているのは

「カルチョ・ダンゴ〜ロ」さんとお呼びするのか

「カルチョダン・ゴ〜ロ」さんとお呼びするのか

それが少し気になるくらいでしょうか・・・😅。


自分は普段からもネ申(妻)に

「オマエ、あれだろ?

無職で無責任に自由にほっつき歩いてるから、

のほほんと生きていられているんだろう」

と仰っていただくような能天気な人間なもので。。。


まぁ、時に、ネ申が来日でおらず、

一人っきりでオーストラリアで過ごす時は

何日間も誰にも会わない日もあり、そんな中で誰からのご相談も来こない日々が続くと

時にふっと「自分は、本当に、呼吸をしているくらいしか社会の役に立ってない」

と不安も生まれることもあるのですが、

それも、「二酸化炭素を吐いて草木の役には立っているのだから」と、

そんな思いも「💩と一緒に流してしまおうw」と流してしまう。

もしくは、畑にいって、育てている植物や、そこに棲むさまざまな虫や草を眺めて

「みんな一生懸命生きているなぁ」と感じると、有難いなぁと感じていると、

不安もいつのまにか流れている。

自分は大変に恵まれており、不安や悩みといったものが、

流れやすく生きさせて頂いていると実感します。


さて、すこし頭でっかちなお話ですが、

「悩み」は、その原因に意識を向けるほど、深くなり、長続きするもの。

それは、自分の中に、"かまってちゃん"がいるかのような状態なのかもしれません。

自分の中の「悩み」は、誰かに「振り向いてほしい」のだと思います。

こんなに困ってる、苦しんでいる、私を(誰かに)見て欲しい、気がついてほしい、

認めて欲しい。「大丈夫だよ」って言ってもらいたい。

でも、だれもそれに気を止めて「大丈夫?」って言ってくれない。

だから、もっと見てほしい。気づいてほしい。

そんな"かまってちゃん"は、「放ったらかしにする」か、「大丈夫だよ、自分」と自分でやさしくハグしてあげればよいのでは。

泣いてわめいている子供のように、放ったらかしにされていたら、気がつけば

疲れて寝てたり、忘れて他の事に気を取られていたり。

一旦、悩みの対象から目を離して、自分の好きなものごとに向き合ってみるなどして

悩みを放ったらかししておく。

そうして、悩みを放ったらかしにしていると、悩みの対象から意識が流れていく。

相変わらず「悩み」の対象はそこにあり続けているかもしれませんが、

ほとんどの「悩み」は、未来の未だ来てぬことで、今は何もできないか、

今のことだとしても、今の自分で今直ぐに何かが解決できるものではない。

できるだけの事をしてしまって、今は他にできることがないのであれば、

あとは放っておいても、実は困ることにはならない。



もしくは「大丈夫だよ、ヨシヨシういやつじゃないか」と自分を認めてハグしてあげる。

悩みの根っこには、なにかが「できてない」「足りない」とか「思うとおりでない」と感じる何かがあるはず。

そんな風に「できてない」と感じるほど、自分を否定的に見る気持ちが膨らみ

胸は苦しくなる。

でも本当は、「大丈夫って言ってもらいたい自分」がいるだけなのかもしれない。

だって、自分が誰よりもカワイイものだから。

時に自分に「だめじゃんか!」と腹立たしくなるけれど、それでも自分はカワイイもの。

カワイイからこそ、「だめじゃんか!」と感じる自分にイライラして、

胸の中に「悩み」の霧が深くなっていく。

そういう時は、まずは、誰より自分の側にいる、自分自身こそが

「おまえ、頑張っているじゃないか。大丈夫だよ」

と自身に語りかけて、ハグしてあげるように包んであげる。

そうすると、少し安心して、胸の霧は晴れていく。

そうすると、その悩みの種に向けて絡まっていた意識の糸がほぐれ

他のことに意識が向かいやすくなり、悩みの対象から意識が流れていく。

そんな感じでしょうか。


もちろん、病気や借金のように、対処を求められる事に対する悩みもあるでしょう。

それを放ったらかしにしたり、ヨシヨシしてるだけでは、事態は良くならない。

でも、それだって、最終的には、なるようにしかならない。

できる範囲で努力したら、あとは、なるようにしかならない。

腹をくくれば、悩みは膨らみにくい。

何かができるのでは、するべきでは、

可能性はあるのかもしれませんが、それも未だ来ぬ未来の事であり、

考えても、キリはなく、それで苦しむ位なら、

放置して離れてみたり、「大丈夫だ」と言い聞かせて落ち着かせる方が、

今しかない今の自分の人生に、大切に向き合えるのでは。

そんな風に考えております。


つまらない戯言でしかなく、失礼いたしました。

カルチョダンゴ~ロさんの今日も、大きな悩みに苛まれず

おだやかでおもしろき時間に溢れますよう。

龍光


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