未来へ生きる君たちへ
日本の若手マーケターのみなさまへの講演機会を頂戴いたしました。
「マーケティング」など、なーんにも理解できてない身ですが、
マーケターとは、
単に新たな商品を設計し、それらを認知し購入をしてもらう以上に、
「人々の意識や行動を変えられる」役割では、
と勝手に理解しております。
さまざまな会社の立場はありながらも、何よりも
未来をになう一個の若き人として、どう考えてみてほしいか。
いつも以上に「我」を出して、自分なりのメッセージを踏み込んで
発信させて頂きました。
「一隅(いちぐう)を照らす」は、天台宗・最澄さんの言葉とされてますが
アフガニスタンで井戸や用水路を掘り多くの命を救いながら亡くなった
中村哲先生から、改めて頂いた言葉です。
しかし、自分の話しには大した価値などない。
若手の皆さんへだからこそ、より確かなメッセージを伝えたい。
そう想い、つい先日、別の場で伺った
司馬遼太郎先生の「21世紀のきみたちへ」からの一部引用を最後に朗読させて頂きました。
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私がもっていなくて、君たちだけが持っている大きなものがある。
未来というものである。
私の人生は、すでに持ち時間が少ない。
君たちは、ちがう。
そのかがやかしいにない手でもある。
私は、人という文字を見るとき、しばしば感動する。
ななめの画が たがいに支え合って、構成されているのである。
そのことでも分かるように、人間は、社会をつくって生きている。
社会とは、支え合う仕組みということである。
自然物としての人間は、決して孤立して生きられるようにはつくられていない。
このため、助け合う、ということが、人間にとって、大きな道徳になっている。
助け合うという気持ちや行動のもとは、いたわりという感情である。
「やさしさ」「おもいやり」「いたわり」「他人の痛みを感じること」
これらの言葉は、もともと一つの根から出ている。
根といっても、本能ではない。
だから、私たちは訓練をしてそれを身につけねばならない。
もういちど繰り返そう。さきに私は自己を確立せよ、と言った。
自分には厳しく、あいてにはやさしく、とも言った。
それらを訓練せよ、とも言った。
それらを訓練することで、自己が確立されていく。
そして、”たのもしい君たち”になっていく。
以上のことは、いつの時代になっても、人間が生きていくうえで、
欠かすことができない心がまえというものである。
君たち。
君たちはつねに晴れ上がった空のように、たかだかとした心を持たねばならない。
同時に、ずっしりとたくましい足どりで、大地をふみしめつつ歩かねばならない。
私は、君たちの心の中の最も美しいものを見続けながら、以上のことを書いた。
書き終わって、君たちの未来が、真夏の太陽のようにかがやいているように感じた。
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※全文は、検索すると色々と出てまいります。

